流行のバランス分岐点。「自分のなさ」と「便乗」と「世の流れ」と

もっと簡単に暮らせ

2017年7月22日発売

おかげさまで第4刷決定しました

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こんにちは

こんにちは ちゃくまです。

このブログで読書会を開催します。どなた様もお気軽に参加ください。

第2回ウェブ読書会発表

第3回ウェブ読書会参加募集のお知らせ(11月22日締め切り)
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通販で買ったセール品のパンツがありました。「流行に左右されないシルエット。」普通のロングパンツです。だからセール品で買ったことは「かしこい」、とほくそ笑んでいました。ところがです。流行に左右されないはずの、そのパンツ。いざ、履いて出かけたらどうにも落ち着きません。鏡に映った自分を見れば、そこには明らかに時代遅れの格好をした中年女がたたずんでいました。

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流行と現実と理想

パッと見は普通のパンツです。けれども新しい物であふれかえっている街の中で見れば即座に「古い」とわかります。自分でもそうなのですから、他人目線ではもっと強く感じられることでしょう。そのパンツは物自体は新品です。それに一般人の私が時代遅れの服を身にまとっても誰に迷惑をかけるものでもありません。「世の中には新しい服どころか、古い服だって満足に着られない人たちがたくさんいる!」そうした叫びが聞こえそうです。

「変」と思われないこと

けれども私が己を見つめるその鏡があるのは現代日本です。誰もが自由に新しい服を身にまとっています。「確かに世の中には服どころか靴も食べ物も満足に食べられない人たちがたくさんいる。」けれども、今の私の「問題」はそこではないのです。そう言い切ってしまう私は自分の事しか考えていません。ただひたすら目の前にある自分の問題は「変」と思われないことです。例えばそのひとつが「時代遅れの服を着ない」ということ。そんなことに うつつを抜かせることができる自分は弱く愚かで自己が弱いのです。それは嫌というほど自覚しています。けれどもどこかの遠い国の子供たちのことに心を痛める気持ちがないわけでもないのです。ただ、日々を生きて行かなくてはいけない目下の「問題」が「今、何を着れば普通に見えるか」なのです。

バランスの分岐点はどこか

「普通に見える」指標には流行があります。流行は、追い過ぎれば愚かだと陰で嘲笑を浴びることがあります。けれども、流行と全く無関係で生きることもまた、それはそれで難しいものです。「流行は追い過ぎれば嘲笑を浴び、追わな過ぎれば周りが見えていないと笑われる。」そのバランスの分岐点を見極めちょうどよいところで取り入れる。難しいけれど現代日本で生きている私に必要なことはバランスなのです。

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