残業する国民性は、「部活」から。長い習慣から簡単には抜け出せない

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金曜の夜です。まっすぐ帰宅する人はどのくらいなのでしょう。これだけ帰宅せずに飲食店が賑わっているということは、「家に帰りたくない」人が何割かは含まれているのではないかと。

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残業の発端は部活から

「仕事が終わったら、一刻も早く帰宅したい。」実はそんな人ばかりではないようです。全てではありませんが「帰りたくないから、帰らない」それが本音の人が何割かいるのです。

そして残業が身に染みている発端は子供の頃から始まっているのです。それは部活です。しかも、部活は進学するときの評価対象にもなっています。

だから、「部活をしない」という発想は、そもそも持つことが不可能なのです。さらに、親も共働きが普通です。だから早く帰宅して家にいられるより、学校で部活をやっていてくれれば、とりあえず安心できます。共働きの親の事情と部活は、うまい具合に利害関係が一致するのです。

部活で教師の負担は子供の問題でもある

最近になって、ようやく教師の部活による負担の問題がクローズアップされるようになりました。けれども、本来は子供本人の問題でもあるし、親の問題でもあるのです。そして部活の習慣が残業も当たり前と思う志向に働いていくというわけです。

働き方の問題は、子供の頃からの習慣も関係しているのです。部活が評価の対象になるというのは、冷静に考えればおかしなこと。

学校は勉学を学びに行く場所であり、部活はあくまで個人の選択によるものであるはず。きっと教師も部活の忙しさと肉体的疲労のため、学習の指導に手を掛けられる度合いが減るでしょう。

部活をするのは自由だが、評価対象になるから誰も帰ることができない

部活自体は個人の自由なので、やりたい人は存分にやっていいのです。けれども、それが評価の対象になるということは、個人の放課後の選択に実質自由がないということです。

それでは大人になっても、同じです。就業時間に帰宅することに違和感を感じてしまう原因でしょう。結局、ノー残業デーなどを設けてみても、変わりません。幼いころから蓄積された習慣は消えないのです。働き方を全うなものにしていくなら、子供の頃からの習慣を変えなければ根本的なものが変わりません。

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