「高級風」な物は要らない・「イラッと」しないということ

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こんにちは

こんにちは ちゃくまです。

やたら買い物をしてしまい、物が増え続ける原因のひとつに「高級風」の物を半端に取り入れていることがあります。

本物の高級品ではなく、家でも車でも家具でも家電でも服でもバッグでもです。とにかく「半端なもの」は魔物です。

数年前からは、一般の人が富裕層のライフスタイルを模した暮らしがちょっとした流行のようです。

もちろん、人の価値観はそれぞれですし、何を追うかは自由です。

だからとやかく言う筋ではありません。

けれども、どうもそこに不自然さを感じてしまいます。そして交流しながらも、無理をしあっている空気も感じます。

同時に、例え半端な模倣でも、確実に支出も物も増えているだろう気配も感じます。

そうした半端を追うと、確実に物が増えていくのではないかと思います。同時に家計の支出も無駄に増えるはずです。

そして、半端な豊かさを追う人たちが集まると互いの見栄や嫉妬が交錯します。そして内心イライラが始まったりします。

街を歩いていると、いわゆる高級住宅地に行き当たることがあります。具体的にはよくわかりませんが、敷地の坪単価だけをとってみても膨大な資産価値があるのが明白な場所です。

そのうえ、上物の建物やシャッターの降りたガレージの様子から察するに、小手先の節約とか、「旦那さんの年収がどうのこうの」という、どんぐりの背比べ的な些細な差などおよびもつかない裕福さがあるということを感じます。そこに住まう人の資産や家計の具体的な内情は知りようがありません。

そういう景色を目の当たりにすると「常に上には上がいる」現実を感じずにはいられません。「すごいなあ」と思いますが、そういう光景を見ると、ちょこちょことした細かい女性同士特有の身近な人に対する嫉妬のような言動がばかばかしく思えてきます。

私たちはいつも一緒に行動する友人知人たちと、宇宙人から見れば何が違うかわからないちょっとした間違い探しをして一喜一憂している人がどれほど多い事でしょう。

おそらく、そういう方達も、そのようなケタ違いの「お金持ちというより資産家」の奥様達と張り合おうなんて気はみじんも起こさないことでしょう。

「そんなのあたりまえでしょ。」と思うかもしれません。けれども、ではなぜ、身近な人と、宇宙人から見れば皆同じに見える友人知人同志の「難しい間違い探し」のように、自分との共通項と違いを必死に探してああだこうだと悩むのでしょうか。

人は自分とあまりに立場が違い過ぎる人の事を嫉妬することはないそうです。ところが自分と近い立場にある人が、自分よりも良い条件にあると気づくやいなや、嫉妬したり悔しいあまりに心無い言葉を投げかけるという事をしてしまう人がいるそうです。

それは常に全ての基準が他人との比較に頼っているからです。何かを決める時に、基準がないとグラグラして決められません。だから他人と比較して自分の方が良いとか自分が劣っているという判定を下すようです。

けれども、この世から他人の存在がなくなることはありません。だから他人との比較に頼った選択が日常になると年中イライラするという現象がおきます。

だいたい、イライラするというのは身近な自分と立場が近い他人がいて成り立つものです。自分だけであればイライラも何もありません。

通常は、不思議に立場が違い過ぎる人に対してイライラするという表現はしません。最近「イライラする」という言い方ではなくて「イラッとする」という言い方を見かけます。これなどは「イライラ」と比較するとあまりに自分本位過ぎて恐ろしいほどです。

イライラする」と言っているうちはまだよいのです。どこかまだ自分を客観視できている雰囲気を感じるからです。ところが「イラッとする」は救いようがありません。

全然周りが見えていません。だから私は「イラッとする」という表現をすることに抵抗がない人の事は警戒します。文字通り「イラッとする」と言ったり書いたりする人は相当イライラしています。

一見、それは周囲の人がそうさせているようにもとれます。おそらく、本人はそう確信しています。けれども私はそうは思いません。何より「イラッとする」と表現している当人がそう思うからそう見えているだけです。

そして「イラッと」と表現してしまう根底にあるのは嫉妬と焦りです。同時に自分は正しくて相手が間違っていると感じています。

つまり、偽物の真実にイラついているのです。

最近、やたらと「とってつけたような」一見、豊かに見える建物、食事のメニュー、家具、服、雑貨などが増えていると感じます。いずれも「高級風」です。結局は張りぼてです。

本物がいいとか、そういう話ではありません。本物は本物として立派に存続しれくれていいのです。

けれども、「高級風」でも「~風」にするために無駄に装飾が施されているし、それには過剰な資金も資源も使われています。

そして私たちは「高級風」なものを追って、高級な場所に身をおいたつもりになり、高級慣れしているかのように錯覚しています。

その半端感がどうももどかしいと感じます。半端に「~風」を装うくらいなら、いっそないほうがいい。私が思う「シンプル」のひとつは、そういうところです。

本物の高級品、美術品はもちろん存続してほしいです。たとえ私がそれらに縁がなくても、です。反対に、無理をすれば手が届く範囲であっても、「高級風」なものは要りません。

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