服を減らしても増やしても、満足できない本当の理由

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本「簡単に暮らせ」

当ブログ「簡単に暮らせ」が書籍になりました。

8刷決定しました。8/19電子書籍リリースしました。
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こんにちは

こんにちは ちゃくまです。

現代は「頑張っていないのに、スゴイ」と思われる人が評価されます。そういう人が「スゴイ」と評価されてうらやましがられます。反対に、結果を出しても「頑張って結果を出した人」は「まあ、すごいことはすごいけど、あんまり格好良くはない。」とスルーされます。

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「頑張っていないのにスゴイ装い」=「こなれ感」

これは装いにも反映されます。人々に「オシャレ」と評価される基準は「自然に装う」ことです。最近、よく見かける「こなれ感」などはまさに「頑張っていないのにオシャレ」の代表です。ちょうど「勉強していないのに95点を取ってしまう(ようなフリをする)学生」と同じです。けれどもセンスが良く、さらりと服を着こなしている人は本当に「何も考えずに適当に服を着たら偶然オシャレに見えるコーディネイトに仕上がったのでしょうか。そうではないはずです。実は入念に考え抜いて工夫や経験を経て「オシャレ」と「センスの良さ」の結果を出しているはずです。

本当は見た目をよくするために必死に時間をかけてコーディネイトしてもいい

つまり、本当は2時間かけて服を選んでいるかもしれないのです。メイクをナチュラルメイクに見えますが実は1時間かけてメイクしている可能性を否定できません。小物を選んでああでもない、こうでもないと駆使した結果であるかもしれないのです。それでも最終的に人前に現れる時には、いかにも自然に振る舞うはずです。まるで「私は装う事にはさほど興味をもっていませんよ。」とでも言うように。何も考えずに、ちょっとしか持っていない服を適当に着たら「オシャレに仕上がっていました。」という印象を持たれる手法です。

昨夜、全然勉強できなかったよ

この現象は、ちょうど「テストの前日勉強した?」に似ています。「昨夜、テレビ見ちゃって全然勉強しないで寝ちゃってさ~気が付いたら朝だった。」本当は何日も前から計画的に勉強をしていても、「何もしていないふり」をする。そしてテストの結果が出ると好成績。普段からいかにもガツガツ必死勉強をして良い結果を出しても誰も「すごい」と認められないのです。そればかりか「ガリ勉」と陰口をたたかれることもあるでしょう。

結果がすべて

「オシャレな人」もそれと同じです。「服は少ししか持っていない。」「高価なバッグもアクセサリーも持っていない。」「コーディネイトの事を必死に考えることはない。」それなのに無造作に着て持つだけで「気が付いたらオシャレだった」と言っているかもしれません。努力の結果のオシャレだと判明したり、たくさん服を持っていて、コーディネイトに時間をかけて吟味していたのでは「ガリ勉」と同様、格好悪いと評価されます。

オシャレな人は手間と時間をかけている

けれども、「こなれた装い」をしている人が、装いに関して本当に何も考えていないかというと、そんなことはありません。時間をかけて吟味しているはずです。さらには持っている服の数も同様です。数が少なくてもオシャレな人は、相応に考える時間を設けています。もちろん、考える時間、吟味する期間が経過したあとは時間をかけないようになるかもしれません。けれどもそれは、初めからそうだったわけではないのです。

学校の成績の良い人が、「昨夜全然勉強していなくても」テストの点数が良いのは、決して何もしていないからではありません。授業中の集中度,本気度が半端ないのかもしれないし、見ていない、知らないところで必死に勉強しているか、そんなところです。服に関しても、それは同じです。オシャレな人は服の事、オシャレに関することをよく考えて工夫して時間と手間をかけています。

服の数が少なくてもオシャレな人は努力している

結果として手持ちの服が少なくてもオシャレに見えるのは、服が少ないからではありません。考えて吟味した結果、少ない数の服を残したということでしょう。

現代日本では服を増やしても減らしても、それだけでは簡単にオシャレと言われにくい

服を増やしても優位に立てない

そして、現代日本では、多くの人がすでにたくさんの服を持っています。誰もがオシャレで身綺麗です。つまりは人間としての基本的な欲求は満たされていると言えます。ところが自己承認欲求となると、「みんな一緒」という点はほぼ満たされているのですが、「他者よりスゴイと思われたい」に関しては難しい状態です。

服を減らしても、それだけでは優位に立てない

どんなに服を買っても、高価な服を買っても、現代日本ではそれが普通です。そのため「たくさん服を持っている」「高価な服を持っている」だけでは他者より優位には立てません。

そこで今度は「押してダメなら引いてみな」の方式で、今度は「たくさんあってダメならば減らしてみよう」の流れに向く人が出始めます。

ところが今度は「服を減らす」ことも割と多くの人が注目するようになると、やはり「たくさん服が合っても優位に立てない」同様に「服を減らしても優位に立てない」というスパイラルにはまってしまうんですね。

他者の評価が基準では永遠に満足感を得られない

つまりは「他者より優位に立ってオシャレと思われたい」と、自己承認欲求が根底にあると、服を増やそうが減らそうが、基準が常に他者にある限りはいつまでも幸福感を得ることは不可能なのです。なぜなら他者は実質的に多数存在するからです。

もちろん、服は社会的な意味もありますから、世間通念上の服装は必要です。そういう意味での他者ではなく、個人的な服の持ち方に他者を意識しすぎると増やそうが減らそうが、結果は同じで満足感を得られにくいのです。

それは同時に幸福感にもつながります。他者との比較でしか自分の幸福を計れないでいると、すでに幸福であってもそれを実感することができません。反対に、他者は他者として、存在を認めたうえで、自分の価値観に自信を持つこと。そして安易にぶれないこと。それが幸福感を得る近道になります。結果として、服の数も自信をもって取捨選択ができるようになります。

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