神社仏閣で、行き当たりばったり的にむやみに願掛けするのは、とうにやめました。

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神社仏閣で、むやみやたらに願掛けしたり、お守りを買ったり、おみくじを引くような事をやめて数年たちます。もっとも、初めに断っておきます。そうした存在そのものや、真面目にお参りに来ている方などの行為を否定する気持ちは全くありません。

神社仏閣の存在は、その深い経緯があるでしょう。その意義や人々の思いや、自然に対する敬意、驚異などには当然敬意を払う気持ちを持っています。

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むやみな願掛けは、一方的な欲を吐き出しているだけこともある

だからこそ、そうしたところに訪れたとき、「一方的に自分の思いをぶつけるようなことをしたくない。」そう思うようになりました。敬意を払うからこそ、むやみにお気軽に願掛けをすることをやめることにしたのです。

最近、メディアではパワースポットと称して、自分の希望を叶え、その場所に行くことで「運気アップ」の効果がある場所を紹介するようなものを見かけます。誰しも、願望や悩みを持っていますので、そうした場所に行くことで気持ちが落ち着き、自信がつくきっかけになることは良いことです。

ただ、気になるのは、「その思いはあまりに一方的ではないのだろうか。」ということです。「願い」とは突き詰めれば「欲」です。欲は、私は悪い物とは思っていません。人が生きるためには必要な事だと思っています。ただ、それが時として、方向性と力加減を間違えると、周りが見えなくなってしまうので注意は必要でしょう。

欲はより良く生きるための原動力になりますが、自分の利益だけを思う欲は、方向性に注意しなくてはいけないでしょうね。神社仏閣での願掛けは、一歩間違えると、自分だけの欲に走りがちです。そして原則、無料なので、(時にお賽銭や、入場料や、交通費や、お守りの購入代などを支払っているにしても)「ここぞ」とばかりに心の中で、あれもこれもとお願い事をするというのは、欲の吐き出しではないか、そんな風に思うようになり、やめることにしたのでした。

もっとも、実際には普通に暮らしていると、レジャーで出かけた各地には神社仏閣があります。年末年始には初詣に行く慣習があり、冠婚葬祭関連でも多数無縁ではいられません。そうしたときには表面だけ、普通の慣習に沿ってマナー通りに行動しています。

ですから表面的には普通に手を合わせ、頭を下げ何かを祈っているように見えます。けれども、心の中では一切自分のことは「願いません。」そして「今日は、こちらにお邪魔させていただいております。」挨拶するにとどめています。

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