持たない暮らし人は、カリスマに依存しない。100%完璧な人はいないから。

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本「簡単に暮らせ」

当ブログ「簡単に暮らせ」が書籍になりました。

8刷決定しました。8/19電子書籍リリースしました。
朝日新聞、読売新聞、毎日新聞に広告掲載されました。

      

こんにちは

こんにちは ちゃくまです。

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憧れの人物なり、尊敬する人物なり、ひとたび「この人はスゴイ」と思うと、最初は部分的に疑心暗鬼を持ちつつだったのが、しまいには100%主張を受け入れてしまいやすくなります。一見、どんなに「素晴らしい」と思える人でも得意不得意分野があります。全てにおいてパーフェクトの人はいません。ですから「この人の話はすごい!」と、感動さえしたとしても、それはあくまで部分的な範囲にとどめる方が安全です。

それでも、カリスマ性のある人に多くの人が引き寄せられてしまうのは、「ラクだから。」に尽きます。様々なことを一つ一つ自分で判断し、調べて迷い悩むのは困難を極めますし疲れます。けれども、「この人はすごい。」と思った人の主義主張をひとたび受け入れてしまえば、あとは自分で判断する必要も、悩む必要も、迷う必要がなくなります。全て、「すごい(と思った人)」の主義主張に沿うだけで、あとは自分で考えなくても良いからです。

けれども、「ラク」な思いをしたからには、反見返りが待っています。完璧な人間などこの世に存在しません。ですから、自分がカリスマと認めたその相手の主義主張が間違っていたり、注意が必要な可能性は常にあります。

また、カリスマ性のある人の周囲には、常に多くの人が集まっています。ですから、その人物に群がる人達と「価値観が同じ」であるかのような共感を手っ取り早く得ることも出来ます。普通に平凡に生活していれば、そういう機会はあまりありません。けれども、たまたま偶然に、そういう場を一度経験すると、おそらくは極端な場合は「少数派の弱者」から「多数派の強者」になったような錯覚に魅了されてしまうのかもしれません。

そのため、ますますカリスマ性のある中心人物を自分の思考の中で勝手に立派に装飾してしまいやすくもなります。自分がカリスマの主張を「素晴らしい」と認めるほど、「多数派の自分」を認識できて安心もできるからです。

共感は、自己承認欲求を満たすことでもあります。ですから、非常に大きな魅力があります。けれども、多数の複数の人と主義主張を共感することで、「もしかして、間違っているのではないか?」「何かおかしいと思える」と思っても、その疑念を振り払おうとしてしまいやすくもなります。

一人で考えること、個人で判断することは非常に道のりが長いものです。けれども、少なくとも自分で考えて判断するということを基本のスタイルにすることは重要なことです。ものごとの考えや方法は、「こうあるべき」というものはなく、こまめに軌道修正が必要です。カリスマ性のある人物は、たいてい、何か一貫しすぎるほどの主義主張を持っているものです。それは、生き方の揺らぎにひとつの指標を与えてくれるので、一見、非常に魅力にあふれています。けれども、一貫した主義主張とは裏を返せば自由がなく、機転が利かないなどの不合理な側面もあるのです。

「言うことがコロコロ変わる」とか「約束が違う」と言って抗議するタイプの人がいますが、(場合によりけりですが)世の中とは常に変動しているものなので、その場の最善を尽くそうと思えば、コロコロと変わらざるを得ないのは当然とも言えます。

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